明日は燃やせるゴミの日

本日 家の電話機を止めました。
ベルさん ありがとう (801)8134の時代から お世話になりました。
便利なものが少しづつ姿を変えて 身のまわりを潤してくれています。
固定電話は既に携帯電話とメールで事足りてしまうのだから 個人としては とっくに必要がないものでした。

話しは大きく変わりますが アップルの創業者の一人 ジョブズが亡くなりました。
私が思うに 彼は 捨てることの大切さを 教えてくれたように思います。

先ずは ボタンが一つのマウスにこだわったこと。
そのころ 3つボタンのマウスとか出てきましたが、彼は一つのボタンに集約させる機能を持ったコンピュータをつくる方が大切だと感じていました。
ボタンの数を増やすことではなく できるだけ簡素に使えるコンピュータづくりをめざした潔さが 今のアップルスピリッツの根幹ではないでしょうか。
安直な目先の便利さよりも 少し努力して もっと先の明日をつくる。

今 時代は フルーレイですが アップルは 一目もくれることなく 12センチのディスクを捨てようとしています。
彼にしてみれば ブルーレイはCDの延長上の産物でしかなく、そんなもの価値がないとでも言いたげです。

近い将来ジョブズの血は パソコンも インテルのCPUも 捨てるでしょう。

・・でなければ サンダーボルトのようなインターフェイスは生まれてこなかったことでしょう。
次ぎに 私たちをワクワクさせてくれる人物は 誰でしょう?

電話をやめただけで いろいろ考えてしまった 今日でした。

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ほほえみがえし

産経抄 2011.4.27
森進一さんに 「うさぎ」 という長い歌がある。恐らく夏休みの最中だろうか、故郷を捨てなければならなくなったらしい母子が港までの道を急ぐ。だがその途中で男の子は 「うさぎ当番」 だったことを思いだし、エサを与えるためいったん、学校へ引き返す ▼どんな苦しい場面でもやさしさを失わない子供と、それを見守る母親との物語である。実は元キャンデーズの女優、田中好子さんの葬儀のニュースから、この歌を思い出した。田中さんの病床からのメッセージをテレビや新聞で見聞きしたときである ▼メッセージは3月29日、本人の希望で録音されたのだそうだ。明らかに死を覚悟した文面であり、途中で 「息苦しくなってきました」 とまで打ち明けている。家族や熱烈なファンならずとも、最後まで聞くのがつらくなるような肉声だった ▼それでも大いなる救いがあった。がんと闘っている苦しい状況にあっても、田中さんが大震災の被災者への思いやりを忘れていなかったことだ。被災した人々を思えば 「心が破裂するように痛み…」 と言い 「天国で被災された方のお役に立
ちたい」 と語っていた ▼多くのスーちゃんファンには、彼女のファンであったことを誇りとしていいやさしさだった。 「うさぎ」 の歌の母親も、わが子を誇りに思ったに違いない。被災地でまだ避難生活を送り、亡くなった家族への思いにひたる人々にも励ましとなるだろう ▼一方で被災地がまだ食料や日常品に困っているとき、水やトイレットペーパーを買い占める人がいた。原発事故で根も葉もない風評をばらまき、風評に踊って被災地の人を傷つける言動もあった。そんな人々にもかみしめてほしいメッセージだ。

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今夜は泣かせて

世界中で一番かわいい犬が 今朝死んだことを 長女の電話で知りました。

長い一日になりました。

長女が小さい頃 彼女を助ける事ができるのは きっと小犬だと感じ
まだネットと言えばパソコン通信しかなかった時代に、
掲示板の里親募集の書き込みに出ていた 小犬をもらいに 三人で 埼玉まで出かけたのでした。

母親には ナイショで・・・

そのお宅には 二匹の小犬がいました。
白い犬と黒い犬。
二匹が ダンボール箱に入れられて 川を流れてきたというのです。
ほんとうにあった ひどい話しです。
それを 足元を濡らしながら 拾い上げたのだと・・・

当時四歳の長女と二歳の次女は 黒い雌犬を選びました。
車の中でのことなど 最後まで気を配ってくれた 優しい拾い主でした。


連れてきてから 外犬として 訓練をしたのだけれど
近所の野良猫親分 ジロキチ(オイラが名付けたの)に
夜な夜ないじめられたので オイラが なるべくそばについて ★をみたり
缶ビール呑んだり・・

でも、いつか 身体も大きくなり 野良猫なんか 怖がらなくなったね(^^)v

その後は ほんとうに元気よく 我が家の一員として 三女の心配をしてくれたり
キャンプで山歩きしたときなど 先頭を走って 道案内してくれました。
車に酔うくせに 乗るのが好きで ステーションワゴンレガシーのテールを開けると すぐに飛び乗ってたね。
窓を開けて風入れると 酔わないで済んだしね。

そんなキミにも いけないことをしてしまったのかと ふと 思うことがあって
それは あの夜 キミが助けを求めていると感じたからなのだが
私は 君に会いに来たボーイフレンドとの逢瀬の邪魔にはいったこと。
でも それは自然なのだから 合意かレイプか 見当も付かないサ

キミの子供を見ることができたのかもしれない

そうなれば 違う未来もあっただろうと思うのだが
 
結局は 獣医さんの手を借りて 二世ができないようにする事に私も同意しお金を出したのだった。

キミは生まれたときから 必要とされず 捨てられました。
拾われました。
それを 私たちが もらい受けました。
そして そのキミが 子孫を残す事を許しませんでした。

だけれども ほんとうにありがとう

キミが私たちにくれたものは 計り知れず。

仕事がやっと終わり お花屋さんで 花束を作ってもらい
キミのそばに行くことができました。
安らかな寝顔のような キミの顔を見ていたら
いきなり花粉症になって 涙や 鼻水が とまらなくなりました。


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バーチカルツインから見た 「別物の未来」

バーチカルツインから見た 「別物の未来」

今日は 先日購入した( 私の懐かしいオートバイの血を引く )W800という(「ビンテージ」ではない「ヘリテージ」)オートバイにまたがり このオートバイと 少しづつ仲良くなろうと 上野に向かいました。
上野に何がある?
「松崎商店」があります。

http://www.otakei.otakuma.net/archives/2744811.html

http://zoff.exblog.jp/14176700/

http://akatora.militaryblog.jp/e21439.html

この W800先生にお似合いの サイドバッグを 探しに・・・

私の家からは ひたすら北に向かいます。

道路は常に片側3車線から4車線。
動脈ですね。

新橋の交差点で 二輪車通行止めのアンダーパスがあって 「そうか ここだけは 昔のなごりだな」と感じつつ 真ん中の車線で 信号待ちしました。
このレーンは 直進も右折も可能でして、常に右折して 昭和通りにバイパスするのですが、ふと このオートバイが 「直進しようよ」
というので ウインカーを消して 直進しました。
中央通り 銀座通り 

私が社会人一年生になったのは この場所でした。
ゆっくり ゆっくり ゆっくり・・・
そんな走り方を 先生が教えてくれている。

ヤマハ ライオン TOTO ガス 日産 和光 コア 松坂屋 松屋・・・

ときて その前に ちと気になった アップルストア

おや?資生堂見過ごしたかな?

銀座アスターは?

あれ?何か違う!

INAの看板は 前方に見える

でも 何かがない

角の本屋 地下の甘味屋 

銀座2丁目まできて ぶっ飛びシャネル、カルティエ。

京橋まで来たら ビルごと消えている。

私が初めてインターナショナルマニーオーダーを作った三和銀行も アサヒビールも パイロットも 何もない〜〜〜

ドキドキしながら この辺を流し 検証するUターンは 次回に持ち越すことにして
そのまま カメラのキムラの看板が見あたらない神田を過ぎ 秋葉原をやりすごし
春日通りを超えて 上野に来ると 聚楽がなくなっていて 西郷隆盛の銅像が
中央通りからみえる。

わ〜すごいね

そこで 駅前でUターンできたことを思い出して 中央車線に移動、
これは変わらず
Uターンして 左に曲がったところの 「松崎商店」


オヤジと バイク談義になったが そのオヤジも 私より年上。

私が高校時代に乗っていてた W1SA 650にあこがれたが 買えなかったとか・・

私は 中古で 約半額で買ってもらい 乗り回したときの サイドバッグは ここで買ったのですよ・・・とは言わずに 「メグロ」バイクとか つまらない話し・・・

こんなお店は 後何年 もつのでしょう?

ほっとしたけれど 私の若かった頃にまぶたの裏に見ていた未来と 今は全然別物です。


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Angry BirdsとiPadの相性が抜群だというお話

Angry Birds たのしいですね〜
http://itunes.apple.com/jp/app/angry-birds/id343200656?mt=8

アイフォーンとかだと 画面が小さいので 個人のゲームなのですが

iPad だと 2〜3人で遊べます。

一人でも 楽しいゲームですが

人数が増えて 交代でトライするステージが 一番!

これだけのために iPadを買うかも知れないほど」・・・

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拾い読み、曽野綾子「晩年の美学を求めて」9

9.はるかにそれを見て喜びの声をあげ


「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。昔の人たちは、この信仰のゆえに神に認められました。
 信仰によって、わたしたちは、この世界が
神の言葉によって創造され、従って見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分かるのです。」
 こういう表現は、今最も受け入れられないものであることを私は知っている。しかしそれだからこそ、私はこの言葉の持つ現実性に惹かれるのである。
 人間は、普通にまともなら、望んでいる事があるはずである。最近何の望みもなくて、自分の生きる目的を探してくれ、などど人に頼む甘えた若者もいるというが、昔から「一仕事なし遂げた人たち」は、皆自分の望んでいることを知っていた人ばかりだった。高い山に登ったり、大洋を一人乗りの船で横断するなどという行為は、誰もその成功を百パーセント信じていたのではないだろう、と思う。できる、と確信したのではないが、自己と人間の限度を知るために、自分がそれを望んでいることを確信したのである。
 もちろんこの「ヘブライ人への手紙」においては、「望んでいる事柄」というのは、エヴェレスト登頂とか太平洋のヨットによる単独横断などということではない。この手紙の筆者によれば、それは信仰であったが、もちろん私たちは一つの書物を固定観念で読まなくてもいい、と私は考えている。
「望んでいる事柄を確信し」という文章の中の「確信」という言葉は、原語のギリシャ語では「現実のものになる」という意味合いのヒュポスタシスという単語で表されている。そしてこの語はギリシャ語独特の含みの多い深い意味を持つものと言われる。
 この言葉は「ヒュポ(下に)+ヒステーミ(置く)」の二語が合成されてできた語で「土台、実在、実体」という意味である。しかしそれだけではない。ヒュポシタシスは、同時に「本質」という意味もあり、さらに「確信」でもあるのだ。
 これは実に、軽薄な現代において意味深長な言葉だと私は思う。現在は見かけを信じる時代だ。「オレオレ詐欺」が成り立つのも孫が災難に巻き込まれるのだけは防がねばならないというお祖母さんの短絡的弱みに付け込んだものだし、見知らぬ人からいい仕事があるからと言われただけで北朝鮮にまで連れて行かれるのも、すべて土台から実体を発見し、さらに本質を見つめ、それでやっと確信する、というまともな手順が省かれるのが普通になった軽薄な社会の風潮のせいである。
 つまり生きるということは、天才の閃きによつのではないのだ。鈍重に、「これはなんだろう」とコワゴワ近づいてみて、鼻で嗅ぎ、形を見つめ、時にはそれから舐めてみたり、手でちょっとひっくり返してみてから、決めるべきものなのだ。こういう操作は、犬や猫、多分、イノシシやサルなどがよくやる手順であり、行動なのである。人間はそんなことをしなくても、もっと手っ取り早くことを認識する、と私たちは思っているけれど、実は土台抜きで行動を起こして。砂上の楼閣を築く場合が多い。
 「ヘブライ人への手紙」はこの後で、「信仰によって生きた」人たちを挙げる。自分の飼う群れの中からもっとも肥えた羊を捧げたアベル、死と出会わなかったエノク、神の命令のままに方舟を作ったノア、約束の地を信じて旅に出たアブラハムなどである。そして神はこれらの人たちに、その信仰を証する結末を与えられた。
 そうした人々の名を挙げた後で、「ヘブライ人への手紙」は極めて端正な哀しみの人生を歌う。
「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです」
 子供の時から、私は「人は皆、思いを残して死ぬものだ」を思っていた。それは私が子供時代を過ごした戦争とも明らかに関係がある。私が子供の時、既に大人として知っていた青年将校たちの多くは戦死した。死なないまでも、生き残った人生が崩れた人もいた。自殺した人さえもいた。「志半ばに倒れる」ことは従って人間共有の運命である、と私は見せつけられた。だから同情することもないが、だからこそ私たちはお互いの儚い生涯に深く心をかけるべきでもあった。
 今の時代にはこのような感情がない。志半ばで倒れるのは、大きな悲劇だと考える。そのような目に遭うのは「社会的弱者」であり、彼らが割を食うのは政府が悪いからであり、社会が堕落しているからであり、自由や平等が阻害されたからだと考える。しかしほんとうはすべての人が同じような目に遭っているのである。
 聖書の思想は誰もが目標の地点には達しないのだ。という。オリンピックで金メダルを取った人は、約束されたものを手に入れたではないか、と言う人もいるだろう。しかし彼ら個人の一人一人の生活の背後を深く知れば、決してそのようなものではないだろう。彼らもまた多くのものを失っているのだ。
「ヘブライ人への手紙」には、死を目前にした人の姿が端正に描かれている。彼らはこの世では、現実にも抽象的な意味でも、決して約束の地点に到達しなかった。しかし絶望し、自分の人生は失敗だったなどとは思わなかった。彼らははるかに自分たちが目指していたものを見て、喜びの声を上げたのだ。それは、自分たちの目指したものが、たとえそれを手に入れていなくとも、いまだに光り輝いているすばらしいものであったことを確信できたからであった。
 ここに立つ人たちは、死の直前でもまだ、目的を見失っていなかった。その目標に向かって顔を挙げ、その目標を見つめていた。もし目標に到達してしまったら、むしろその瞬間から、人は虚しくなるかもしれない。彼らはむしろ現世で、目標に到達しなかったがゆえに、死の直前でもまだ、目的を失うことがなかった。それは確実に希望が繋がっている、ということでもあった。それが信仰というものの不思議な力であった。
 もちろん人はそれぞれの自由を持っているけれど、私は今の人たちは、この「希望を叶えられない人生の意味」というものをあまりにも教えられていないことに驚く。昔は親も世間もそれを教えた。そしてその不幸の中で、人間として輝くことがでくることも教えた。
 しかし今の人たちはーーー何度も言うことだがーーーいい年をした老人までもが「安心して暮らせる社会を保証しろ」などと国に要求する。そんなものは初めからどこにもないことが、年を取ってもまだわからないのである。
「ヘブライ人への手紙」は、この世が仮の宿であり、自分たちは苦難に満ちた旅人としてこの世を去る、という宿命を知っていた。その確固たる認識があったからこそ、ほんとうの意味での信仰も、逆に感謝も生まれるのである。今は旅行者が奇禍に遭うようなことがあってはならない、という時代だ。旅の途中ででも病気になれば、どこでも医療を受けられねばならない、それが当たり前だ、と考える。しかし昔はそうではなかった。巡礼路と呼ばれるような道は、途中で倒れた多くの死者たちの墓場の連続であったと思われる。旅の途中では多くの場合病気になり、強盗にも襲われた。もちろん反対に親切な人にめぐり合って手厚い看護を受けたり、盗られた金の代わりにいくばくかのお恵みを受けた人もいた。そのような危険に満ちた人生だったからこそ、ともかくも生き抜いてきた幸運を人々は感謝できたのである。
 

---------------------------中略--------------------------------

 老年、或いは、死に近づいた若者は、必ずこの彼岸を見ている。たとえ叶えられなかったにせよ、そこに自分の望んだものがあること、それゆえにそれを今もなお、最期の日まで求め続けて自分は生きてこられたこと、を確認する。それは極めて人間的なことだ。目標のない人間は絶望する他はない。だから私自身はやはり「ヘブライ人への手紙」が書くように「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました」といえる状態で死にたいのである。


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付け加えたりする言葉は ありません。

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久しぶり 東京探検隊

○が丘に 10時とやや遅めに 待ち合わせて
2人の子供と電車に・・・
次女の姿がないことは ここ3年心を痛めている。
そんなことを知るよしもない2人と 電車で 原宿まで
「原宿は お前達のおばあちゃんが産まれたところ」
そんな話しをしたら 
長女は 覚えていたが 三女は知るはずもない
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明治神宮に 行った。

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オイラは 30年ぶり?
いやもっと・・

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忘れていたので とても新鮮


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思うより 広い 神社をあとにして
竹下通り

○○さんに 教えられた 
神社に・・・・
ああ

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ネットで流れているらしい>この映像


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それから そのそばにあった 帽子屋さんで
今日は帽子をかむっていない長女に帽子を購入し。

歩いて 歩いて

懐かしい雑貨屋をみる。
今で言えば ビレバンみたいな店。

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表参道にするか 国立競技場にするか 外苑前にするか
駅を選ぶが 三女が 
「おなかすいた===」ばかり言うので

外苑前から 六本木に地下鉄で移動、

ヒルズでイタメシ

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三人前コースを頼むと ウェイトレスが 「食べきれないと思います」
と言うのだが 強行突破!
無事 完食するも おなかは皆パンパン

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ヒルズで 展望台にのぼり(煙と何とかは 上にのぼりたがる?)
さらに屋上まで


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それから
スカイプラネタリウムをみて

降りてきた。

このあと帰ろうか?というと 三女が まだまだぁ〜というので

映画を物色してみたのだが すでに やや時間が遅い
しかも、吹き替え作品は無し。

そこで 三女の帽子がないのに 気づいた長女。

展望台に もどったら 帽子がありました。

無効のチケットは 忘れ物をすれば 2回使えるのだ


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帰りたくない と 三女が言うので

品川に

初めての エプソン 水族館。


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私たちは水族館には 結構出かけているので、規模が小さいここには
少しがっかり

だけれど こんな狭いところで イルカやアシカの芸も見ることが
できました。


夏の日の 海の思い出が 沸々とあらわれて 消え

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最後は どうしても食べたいという 初ラーメンでした。

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拾い読み、曽野綾子「晩年の美学を求めて」8

8.くれない族

 人は与えるからこそ、大人になり、おいぼれではなく青年であり続けるのである。赤ん坊から大人になるまでの人間はもらうばかりである。おっぱいを呑ませてもらい、お襁褓を換えてもらう。学校に送り迎えしてもらい、お小遣いをもらい、教えてもらう。しかしやがてその関係が逆転する。父の後ろ姿に老いを感じると、息子は父に代わって荷物を運ぶ。今までは病院に連れて行ってもらっていた娘が、母が病気になれば自分の車で母を病院に運ぶ。
 年取って、別に若い者と張り合うことは必要ないが、人間としての原則的な関係は間違いなく平等だ。しかし、老年になると、気の緩みからか、もらうことばかり期待して、頑張って一人の暮らしを続けたり、ごく些細なことでも人に与えようとする気力に欠ける人がたくさん出てくる。その時人は初めて老年になるのだ。しかし寝たきり老人でも、感謝を忘れなければ、感謝は人に喜びを「与える」のだからやはり壮年なのである。
 いきいきとして晩年を過ごしている人たちは、どこかで与えることを知っている人たちである。与えることを知っている限り、その人は何歳であろうと、どんなに体が不自由であろうと、つまり壮年だ。
 日本に凄まじい勢いでボランティア活動が広まりつつあるのも、私にとっては信じられない状況である。なぜなら2000年に行われた教育改革国民会議のメンバーだった私は、答申の中で、義務教育の中でボランティア活動をする機会を与えることを提言した。しかしその意見は反対の風を真っ向から受けることになった。「教育に強制はいけない」と土井たか子さんや上坂冬子さんたちから反対の大合唱が起きたのである。
 
  中略

ボランティア活動は、人のために尽くすことが自分の幸福感に繋がるという実感を持つ人がいるから続くのである。それが自然にこれだけの社会的な運動になりつつあるのだから、私としては嬉しい限りだ。私を始めとして多くの人が心理学など正式に習ったこともない。しかし多くの人は、いつも人からもらっている立場だけでは不満が増し、反対に少しでも与える立場になれば大きな満足感を得るという「不思議」を体験している。凡人がいつまでも壮年でいられるかどうかは、この言葉を理解するかどうかにかかっている。

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いつの日か 子供達に対する義務がある程度終わったとき、まだ私に余力があるのならば、「東京シティガイド」というボランティア活動をしたいなどと ぼんやり考えています。

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拾い読み、曽野綾子「晩年の美学を求めて」7

7.太宰の味のする水

 私たちが引退したあと、「悠々自適」するのはいいことなのだが、解釈を間違っている人が多いのだろう、と私は思う。自適というのは、何ものにも束縛されず心のままに楽しむことだ、という。しかしこの言葉を狭義に解釈すると、そんな暮らしは現世にはない。もし人が自分の心のままに暮らそうとしたら、まず社会と人間のルールを破り、昔のどこかの国の皇帝のように、数百人もの召使いが要るだろう
。しかし数百人の召使いが身のまわりにいたら、それがまた大きな束縛になるからおかしなものである。
 引退後に目指す「悠々自適」は、自己完結型でなければならない。つまり山間の庵に一人でも住める心身の能力を有することである。そしてそれは、やはり若い時から節制し、常に訓練をし続けることを条件にしている。
 山に引っ込めば、薪を集め、水を汲み、屋根の雨漏りを繕わねばならない。もちろん今、今の日本ではかなり辺鄙な土地に住んでも、薪集めや水汲みをしなければならないこともなかろう。しかしその代わりゴミ出しの日を覚える必要があり、ガスや水道の支払いをどのような形にするかも決めねばならない。
 我が家では、夫が家事をするのを少しも厭わない。最近、人間の脳の構造に興味を持っていて、英語の本まで読み漁る。その一環として彼は、自分の寝巻を軍隊式にきれいに畳むことや、女房(つまり私)がアブラゲ半枚、納豆半箱を食べ残していることを覚えていて、それが冷蔵庫のどの辺にあるかも、ゲームとして記憶することにしたのだ、という。しかし私もまた、残りものでどんなおかずを作るかということが一種の趣味になっているので、これは二人して同じ頭の訓練をやっているのではないか、と思う。
 つまり運命の半分は自ら作るものなのだ。半分の部分でたえず調節し、訓練し続けなければならない。自分は偉大な人物だから、どんなに人に迷惑をかけてもいい、と信じている人以外は、他人に迷惑をかけたくなかったら、訓練と節制をすることは、人間としての至上命令である。
 かつて自分は社会的に偉い地位にいたのだから、掃除機を掛けたり、冷蔵庫や物置の中に何があるかなどというくだらないことを考えられるか、と思うことが、恐らく惚けの始まりだろう。そうした仕事は、女性たちの領域だと考えているのなら、彼らはひどい女性差別主義者である。
 少なくとも哲学と文学は、台所にも納屋にも、どこにでも存在する。ニュートンと林檎の木の話しを考えれば、科学も畑や果実園と無関係ではなさそうだ。
 事務や家事をしないと、指先を使わない。筋肉を曲げ伸ばしをする機会も減る。第一、労働に上下をつけるような人の精神の硬直ぶりは眼に見えるようで、無残である。
 ほんとうは、停年後は自由人になれたはずである。勤めに出る必要もない。気の合わない上役の心理を斟酌する必要もなくなった。しかし現実には、自由人どころか不自由人になった人も多い。自分のしたいことがわからない。本も読まない。生活に必要な仕事の内容や手順も知らない。自分に必要な身の回りの家事一切ができない。
 心がけ一つなのだ。おもしろがれば、すべてできる。すべてが自分が主体となり、その分だけ自由になる。
 人が自分にしてくれることを期待せず、自分が人に尽くしてやることが、大人の人間の目的だったのではないか。老人でも、病気で死を間近に迎えようとしている壮年でも、その原則にはいささかの変化もないはずである。
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太宰の味のする水とは
玉川上水に身投げして死んだ太宰治の味がする水。
人の迷惑より 破滅型にやりたいことをやってきたひとの 体液がにじんだ水。

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拾い読み、曽野綾子「晩年の美学を求めて」6

6.元美女、元々美女

「××さんは若い時はきれいだった」
と夫は私に言ったことがあった。
「ああいうのを元美女というんだ」
「ずいぶん失礼な言い方じゃあないの」
「元美女が悪いなら、元々美女だと言えばいいんだ」
 つまり、ほんとうは夫にとって、やはりその人は美女なのである。ただ少し年を取ったというだけのことで、それは自然の移り変わりである。
 今は口先だけで悪事や不道徳の話しをしても、すぐに世間に糾弾される時代になった。「殺してやりたいわよ」と言いながら笑って誰かの話をするとき、私の小説の中では「殺してやりたい人」はかなり好意的に描かれているはずである。こういう屈折した笑いを含む会話がもう通じなくなったのは、やはり世間全般が幼くなったからであろう。
 夫婦や家族の会話はその点、安全地帯の中にいる。どんな表現にも過剰反応しないのが普通の家族である。だから安心して喋れる。そうした防波堤のような相手が、少しずつ身の廻りから消えるのが、晩年・老年というものの寂しさなのである。
 一口で言えば、老年の仕事はこの孤独に耐えることだ。逃げる方法はないのである。徹底してこれに耐え、孤独だけがもたらす時間の中で、雄大な人生の意味を総括的に見つけて現世を去るべきなのである。これは辛くはあっても明快な目的を持ち、それなりに勇気のいる作業でもある。
 思えばやはり、孤独というのは、青春の言葉ではなかった。老年の孤独には、歯が浮くような軽薄さがない。それはしっとりと落ち着いている。

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投げ出さずに 孤独に耐え 生きる意味を見つめ 行動する。
自殺は それに比して簡単なのかもしれず、上水道に身投げした太宰は・・・
辛辣だが正論。
生きることの意味とは 何なんだ?
深くて重いが 考えなければ 単細胞とあまり変わらないかも知れない。

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