« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »

千茶をさがして大晦日

千茶の写真をさがしていたら 大晦日(おおづもり)の写真を発見。
今宵も大晦日。
何かの縁という気がして スキャンしてみた。
静岡県に大晦日という地名がある。
ここに 何度もお世話になった。

06

H高の恩師のご縁。山奥の廃屋を別荘として利用。
ぴかぴかの別荘なんて 必要ない。
そこに集う人々が全てだ。


04

ココに載せる写真は 手がかりはあるものの 誰がシャッターを切ったかは確定できない。


02

だから・・・と言い訳して 著作権は・・・ゴメン!


03


01


では、肖像権はどうか?


05

自分が出てくるのは 良いが そうでない人たちは???


07

もうお亡くなりなった方には どうか許してくださいとお願いする。


08


09

そうではない方には 出来るだけ気を遣ったつもりだが 顔も姿も変わっているので
言われなくては判らないだろう???(^^;)

10

のびると彼岸花を間違えて食べてしまったという事実は 誰のせいか?

11

沢ガニを唐揚げにして もうそんなことをしなくても 栄養がとれる時代だったのに・・・

12


そんな 大晦日は 今どうなっているのだろう?
そう・・・ふと思う。
大晦日よ永遠なれ!

皆様 良いお年をお迎えください。

ありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

千茶の若衆今昔図絵

Sen1


Dsc_5653


| | コメント (0) | トラックバック (0)

江戸っ子は栗むし羊羹で酒を呑む

Dsc_5807
江戸っ子は栗むし羊羹で酒を呑む

Dsc_5810
一度も同じ時に高校生活をおくったことがない。
私が入学したときにはこの人は卒業していた。

Dsc_5813

そんな写真班の先輩も私の宝だ。
「浅草千茶」を知らぬ者は江戸っ子ではない。

Dsc_5650

江戸っ子がつくり、その価値観を静かに 理解できる者に
残している。

Dsc_5651

この栗むし羊羹は勿論甘いが 甘いだけではない。

Dsc_5652

酒の肴になるほど 深い味がする。

Dsc_5726

| | コメント (2) | トラックバック (0)

かわいいっす

雑貨の関連に従事したことがあり、あまり男にはうけない感覚(だと思う)「かわいい」を時々感じます。
側にたまたまいた女の子が たまたま一緒にTVで見たゼンマイ侍を 手元の紙に書いて 私に見せる。
割合簡単ですねこれ・・・というが 原作よりずっとかわいく彼女なりのアレンジがあって 感性にうなることなど・・・
いつか 銀座伊東屋でみたこの木彫りのもの。
仕事場で 再会したので 記念撮影。


Ca390079


| | コメント (2) | トラックバック (0)

久しぶりに夕焼けを見た

Ca390081

スロー生活さんのブログを拝見して夕焼けが見たいと思っていた。
大好きな河原を走っていて見つけた 夕焼け。
手前は「母校」ヤマハボートスクール。
振り向けば 曇り空。
革ジャンで防いだ冷たい風。

久しぶりの夕焼けを見たあと帰宅すると
古い友人からの電話。
静岡も寒いという・・・
正月に一緒に呑まないかというが 今度の正月は元旦からずっと仕事だぁ〜

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クラン・タータン

Photo

お母さん
覚えているでしょうか あのマフラーを・・・

あなたがいつか私に買ってくださった、ウールの素敵なマフラー。


Bcn

坊主頭(今の私と同じ)の少年の私に母が買ってくれた マフラー。
それが私は大好きだった。

学生服、セーラー服などにも とてもよく似合う柄”ブキャナン”。

今度、次女にプレゼントしようと探し回りましたが どこにも見つからない。

ネットで調べたら 初めのお店は在庫がひとつ。
「ひとつキリかぁ〜〜」と考えた瞬間、2つ欲しくなった。
それでネットで探し回ったら 在庫が8というお店があった。
それで、2つ注文した。
一つは次女に一つは私に・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

冬の桜

Dsc_5558

家から数分のロケーションである 郵便局に行って帰るまでの景色。

Dsc_5559


すでに 2週間ほど経っている。

Dsc_5564

古木と色めいた葉が 素敵なハーモニー。

Dsc_5568

古い町工場と よく似合う。


Dsc_5572
落ち葉も 煉瓦や舗道と仲良しの色。


Dsc_5573

| | コメント (0) | トラックバック (0)

取り返しのない旅

Cocain


NYという街は 私にとって特に孤独を強く感じる場所だ。
たぶんここに住む人の殆どが私と同じように感じているに違いない。
孤独とは何かを考える。そんな生やさしいものではなく、突然現れ、否応なしに襲いかかってくる。
孤独感というより 寂寥感というのだろうか?
私はこれがとても大切な感覚だと信じている。
NYで生活していくには・・・そう、作家ピート・ハミルのようにそんな感覚を文にして表現できるくらい、ある意味で敏感な感性と強い乾いた心が必要だ。
それを体験してみたいと思うあなたは、一度 クリスマスに合わせてNYにでかけてみるといい。
一人が嫌なら二人でも問題ない、5人くらいで出かけるとさらに番狂わせとなるだろう。
世界を旅してきた若者が、NYに来る。突然、いたたまれないという感覚に襲われあわててふるさとに帰る。
NYとはそういう街だ。


0256

誰にも干渉されない自由を選ぶ。
そして、誰にも助けを得られない孤独を覚悟する。
何が起きても何があっても 自分の力で強く生きていく。
そんなことは当たり前だとあなたは言うだろうが、あなたを軸にして半径一万キロ圏内に親身になってくれる人の無いというのは希なことだろう。

私はNYで親身になってもらったことがある。しかし、自分にはそれが出来なかった。その悔しさが忘れられない。忘れることが出来ない。


Kellyjo


私の中ではまだケリー・ジョー(仮名)に何もしてあげることが出来なかったという事が胸につかえている。

そのころの私は仕事にもNY生活にも慣れ経済的にもだいぶ余裕が出てきていた。

”See you later alligator. After while crocodile.”
アメリカ人なら誰でも知っている こんな子どもの言葉遊び等を私に教えてくれたのはケリー・ジョーという アメリカ人だ。彼女は中西部のネブラスカ州から 留学生の良一(仮名)と一緒にハイスクールを卒業して NYに出てきた。
彼らはまだ若く 良一は明るく元気で英語がうまく、特にニュースキャスターの真似が得意だった。
良一もケリージョーも180センチくらいの身長で ケリージョーの方が少しだけ背が高かった。彼女はブロンドでやや面長の屈託のない子だった。

その頃 会社には何台か車があり それをNJに住む従業員が使っていた。
その内の一台、カマロ・Z28で良一はNJからマンハッタンの店に出勤していた。
ケリーは遊んでいるのも勿体ないので 同じマンハッタンの店でコートチェック係りをしていた。
ケリーはよくネブラスカの母親と電話をしていた。
11人兄弟のしたから4番目か。常に家族の写真を携帯していた。
写真は一人ずつカードのようになっていて自分以外で12枚あった。
ヒゲ面のお父さんと 幼い妹のかわいい写真が印象的だった。
そんな彼女の両親がネブラスカから出てくることは一度も無かった。


0123_1

良一のほうは お母さんが一度だけNYに息子を訪ねてきて 私もお会いした事がある。
彼らがマンハッタンの本店で働き始めてから数年経った。
たまたまNJの支店の人が足りなくなったので良一にヘルプに行ってもらうことになった。
良一はホイホイと引き受けてしまった。しかし、私はこれが発端だと思う。彼らを手元に置いておけば良かった。
NJ支店に行ってからも良一は本店にたまに顔を出す。
ケリーは週三日ぐらいベビーシッターをしているという。
それで、私は彼女に週一回だけ私の部屋掃除と洗濯をしてもらうことにした。
一人暮らしのその頃の私、自分の部屋をきれいにしておく為にある人を頼んでいたのだが、その人が日本に帰ってしまったからだ。
鍵を渡しておける人はそう沢山は居ない。
ケリーは私の留守に部屋に来て洗濯と掃除をして帰る。
半年ほど続いたが ケリーが辞めたいというので 意のままに受け入れた。
良一はたまに顔を出すのだが ケリーとあまり話さなくなっているという。
自分が連れて行って一緒に遊んだcokeを一人でやっているようだとも言う。
帰ってこない日もあるのだと・・・
それで、帰ってきたら必ず私に電話するように言付けたが、彼女から電話は一度もかからなかった。
こちらから電話しても 電話に出るときは良一ひとり。
良一の話だとケリーはすっかり痩せてしまったという。


0028_1

法律や警察力で安全が保たれる社会においては違うのかも知れない。
しかし、「旅に出る」ということは大きな危険とリスクを背負うことなのだと思う。
余りに人間として幼いうちは 旅に出るべきでは無いのかも知れない。
それは生死を伴う程の結論やそれに類似した取り返しの付かない結果となる事があるからだ。
人生は一度しかないから 旅をするもしないもそれが叶う自由な状態そのものが幸せなのだ。

cokeは大きな危険の一つ。


0286

私もかつて NYで生活をして間もない頃 cokeにおぼれそうになった。
主に94thSt.にあるビルで手に入るそれ。その他にも 101thの黒人ナイルスの自宅やその他ヒスパニックの名「ホセ(どいつもこいつもホセなのだ)」が自宅を紹介する。 
ハーレムの下の方では どこでも手に入る。
94thSt.のビルなどはビル全体がcokeのデパートなので、暗い階段の防火扉の前に男が居て物々しい。ドアを入るときにピストルを突きつけられたりする。
しかし、そこ以外の殆どは 普通の家で テレビを見ている居間で 雑談をし秤で1グラム量ってアルミフォイルに丁寧に包み込む。
粉のまま鼻からすすっている内はそれほど一度にドンと利くことはないが、アンモニア水にとかし、火で加熱した後 冷水に入れると試験管の中で純度の高い固まりになる。
それをガラスの器具とガストーチを使って気化させたものを吸い込むと 吐き気と共にぐらっと来る。
2度目は1度目より利かない。・・・が、1度目が忘れられなくて3度4度と繰り返す。
無くなってしまうとタクシーを飛ばしてアップタウンに買いにまた出かける。
朝までそんなことをしてそのまま仕事に出かける。
夜になるとまたタクシーでアップタウンに・・・
そのうちに 自分はどちらの世界が実在の世界か判らなくなってくる。
この次点で私の心の中に、ここから先に行ってはだめだという気持ちが湧いてきていた。湧いては来たが 一人でどうにも成る物ではない。麻薬とはそう言うモノだ。
どちらが現実の世界か?それすら判らないのであれば、すでに廃人だ。
自分の意志で止められないのならば、もはや日本に帰るしかない。
心のどこかで こっちが本当だよ!と呼んでいる。
その声に耳を傾け、真剣に日本に帰ることを考えはじめた頃
私の様子を見ていたMMさんが助けてくれた。
一度だけ 私を怒鳴りつけてくれた。「お前は何をやって居るんだ」と・・
それだけであの時の私には十分だった。


Photo_95_of_100
翌日から 私の戦いが始まった。
仕事の後に出かけるのはアップタンではなくダウンタウンだ。
毎晩、一人でビレッジに出かけて ライブハウスでジャズ・ブルーズを聞く、アルコールを呑む。
来る日も来る日もライブハウスで音楽を聴いて帰宅し、ベッドに倒れ込んだ。
ビレッジのライブハウスを殆ど行き尽くした頃には、私は呪縛から逃れていた。
私はMMさんの一言とミュージシャン達の演奏に救われて自分を持ち直すことが出来た。


Bihind

その後、私に何も言わずに ケリーがどこかに去り、そのことを聞いた直後に
良一は日本に帰ってしまった。
ケリーには子供が出来ていたという。

別れの挨拶すら出来ていない。悔しい。

半年くらい経って 日本の良一から手紙をもらった。
元気で暮らしていますよという内容の当たり障りのない文面に少し安心したけれど、
差し出し人覧には名前だけで住所がなかった。
これが彼なりの別れの挨拶なのだと、その時に感じた。
どこにいても元気で生きろ、
お前達はいつも心の中で見守っている。
あばよ!

ケリーはネブラスカに帰ったのだろうか?
私は良一もケリーも大好きだったので あの時自分が何も出来なかったことをずっと考え続けている。
忘れることは無いだろう・・・・・・・・
あの時の子供がもし元気に生きていれば 今頃は20歳を少し過ぎた頃だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

失敗はやり直すpart2

何とか記録した 今回のカズさんのギター演奏を載せたつもりだったがうまくいかなかった。
今回はどうだろう?

Gtr


こちらのページ
はどうでしょう???

こちら?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ブルーズバンド・ヴァージンを聞きに

ブルーズバンド・ヴァージンを聞きに

東急線の池尻大橋の駅を出て ガソリンスタンドの脇のお店という事だった。
そのとおり、薬屋の2階にチャドというお店があった。
私はここでのライブを聞きに来た。

Img_0366
カズさんとは 20年ほど前、芦ノ湖の釣り仲間で始まり、釣りデータをやりとりしたりで PCからマックに・・・それで マック仲間になった。
好きなギタリストがロバートjr.ロックウッドというのが私との共通点か?


Img_0369
若い頃叶わなかった プロの道とは別に、真剣にブルーズをやりたいと活動を再開したのが 4年くらい前だろうか?

Ca390070

バンドのメンバーについては 彼のホームページに出ているので そちらを見ていただきたい。
ヴァージン・ホームページ
8時過ぎに 演奏が始まった。
私は ギムレットのオンザロックを飲んでいる。Img_0380

飛び抜けてすごいと感じたのは やはりドラムの寺本修さんだ。
一発で私はファンになった。

Img_0379
それから しっかりしたベースの小町さん。
キーボードの中島さんもパワーがある。
ヴォーカルの高田さんは レイチャールズが大好きだそうだ。


Ca390071

肝心のカズさんのギターを聞いて かなり腕を上げたなとまず感じた。
ロックウッドのような 強いピッキングの演奏が今までのスタイルのようだったが
今回 聴いた演奏では ピックを時々外し 指で弾く姿が多かった。
指で弾くときの音は暖かく 厚みがあり 心地よい。
「ウォームトーン」と勝手に命名した。


Img_0384

それと 強いピッキングの音色を組み合わせて 独特の弾き方になっている。
その部分を 撮る事はできなかったが、ここをクリックすると彼の演奏が聴けるようにした。
少し待っても聞けない人は ここを右クリックしてファイルをダウンロードしてみていただきたい。
mpeg4データなので クイックタイムなどで見ることで出来るはずだ。

次回の演奏は
2007.12.18(火)  二俣川サムデイ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »