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「耐乏」の時代を待望す。(転載)老いの一喝上坂冬子より

老いの一喝上坂冬子より
転載


マイナス成長のうえに諸物価高騰なのだそうだ。人ごとのような言い方だが、私には物価高騰を嘆くのは一種の贅沢にさえ思われる。値上がりに悩む以前に、商品そのものが欠乏していた戦後を知っている私にとって、いよいよ出番かとヘンな自信さえわいてくるのだ。私は何でも保存しておく癖がありトヨタ自動車の社員だったときの賃金明細なども持っているが、たとえば安保騒動のころ私の月給は手取り1万6000円ほどだった。せっかくデモに行くのだからと張り切って手にした黄色のセーターが3000円もしたので、あっさりとあきらめた記憶がある。もっと安いのを探せばよいはずだが、洋品店にはまだ探し回るほど多種の商品がなかった。ナイロンの靴下がほつれて縦に線ができたのを (これを伝線病といった) 1本 100円で修理して履いた時代である。こんな時代を経てきた者の強さをはじめて自覚したのは、石油ショックのころだ。トイレットペーパーが不足するからといって、主婦たちはスーパーで行
列して買いためてニュースとなった。あのとき風評に踊らされずに平然としていたのは私たちの世代である。最悪の場合は拭かなくたっていいじゃないの、と。戦時体制下ではトイレで新聞紙を使い、これが無くなったら木の葉があると本気で考えていた。懐かしんでいるのではない。あの時代の再現を待望しているのである。最近は親が子を殺し、子が親を殺したニュースにさほど驚かない。このだらけ方、たるみ方の一因は“耐乏”という言葉が死語となったせいではないか。商品のみならず人情も運命もすべて欲しいままになる、ならなきゃ元からブッ壊せという錯覚が人間を狂わせた。これはもう、理屈ではない。小麦粉もバターもチーズも値上がりしているうちはいい。手に入らなくなったらどうするか。当面は手に入る米の粉やマーガリンで間に合わせればいいが、それもなくなったら耐乏するしかない。我慢して耐えるしかほかに方法がない状況の到来を、私はどれほど切望していることか。耐乏精神は努力で身につくものではない。状況の中であえいで育つ。耐える姿勢が固まった
ところで、善悪の基本をばかばかしいほど単純に教育してはどうか。私たちサクラ読本で育った者は、修身の時間に死んでもラッパを離さなかった木口小平を教えられたのはよく知られているとおりだが、木口小平の反対側のページにはよその家にボールを投げ込んだ少年が、詫びにいった様子が絵付きで示されていた。後の陽明学者、中江藤樹が、藩に仕える身で仕事中に家に立ち寄ってひと休みしようと思ったのを、母親が激しく叱って追い返した話も教科書で習った記憶がある。物事のケジメを私たちは単純明快に叩きこまれて育った。かつて運動会で1、2等を決めるのすら差別だなどと屁理屈教育を受けて育った世代が、北京オリンピックではたかがスポーツで世界一の記録を出した選手をナニサマ扱いして興奮した。当てにならない人間を鍛え直すのは屁理屈でなく試練だ。耐乏精神が育つなら、不況も物価高騰も大歓迎である。

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